飯田市川本喜八郎人形美術館 | お知らせ

長野県南信州、「人形劇のまち」の飯田市にある観光美術館、川本喜八郎人形美術館から様々な情報を発信します。
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飯田市川本喜八郎人形美術館からのお知らせ
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9月9日は菊の節句

早いもので、もう8月が終わりますね。

本ブログにて日本の節句の由来などをご紹介していますが、

今回は9月9日の「重陽(ちょうよう)の節句」について取り上げたいと思います。

「重陽の節句」って、あまり馴染みのない言葉ではないでしょうか。

五節句のひとつで、江戸時代に定められた式日のひとつです。

1月7日(人日)、3月3日(上巳)、5月5日(端午)、7月7日(七夕)、9月9日(重陽)

を指し、それぞれに植物(七草、桃、菖蒲、笹、菊)を当てました。

ですので、重陽の節句は別名「菊の節句」とも言うのです。

 

他の節句と同じく、重陽の節句も中国から伝来しています。

伝わったのは平安時代。

宮中行事として菊酒を飲んだりして長寿を願ったほか、菊を観賞し、和歌を詠んだりしたそうです。

江戸時代でも盛大に行われていたそうですが、明治以降になると、

新暦の採用により時期がずれてしまい、菊の季節には少し早くなってしまったことから、

他の節句と比べると存在が薄くなってしまったようです。

 

お葬式や仏花のイメージが強い菊ですが、実はおめでたく縁起の良い花とされています。

古代中国では薬草としても使われ、菊酒を飲むことで健康長寿になると伝わったそうです。

菊酒は「菊慈童(きくじどう)伝説」が起源という説があります。

 

菊慈童伝説とは…

周の穆王(ぼくおう)の時代に、穆王の寵愛を受けた慈童という少年がいました。慈童は王の枕を跨いだという罪に問われ、酈縣山(れきけんざん、れっけんざん)へ流罪となってしまいます。

魏の文帝(曹丕)の時代になり、酈縣山に霊水が湧くと噂になりました。文帝は使いを出して、確かめさせます。

すると、使いは菊に囲まれた庵を見つけます。そこには若く美しい少年が住んでいました。

少年は自らを慈童と名乗り、流罪の際に穆王から賜った枕を見せます。

枕には法華経の二句が書かれており、その句を菊の葉に書き写したところ、

葉から滴った露が霊水になり、それを飲んだ慈童は不老不死になったというのです。

そして文帝に不老不死の力を授けた、と言われています。

 

文帝(曹丕)は若くして亡くなっているため、効果のほどは分かりませんが、

三国志が書かれた時代には菊酒は長寿をもたらすという考え方はあったのでしょう。

長い時を経てもなお、風習が生き続けているというのが不思議に感じますね。

 

ちなみに、飯田市出身の画家菱田春草が「菊慈童」を描いています。

春草の作品は飯田市美術博物館で展示されています。

機会があればぜひご覧ください。

※「菊慈童」は8/22〜9/22まで。当館との共通券もございます。

2020.08.27 Thursday | スタッフのつぶやき
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